天神 薬院 ピラティス パーソナルトレーニング 女性専門

薬院パーソナルトレーニング・ピラティスSunshine代表プロフィール

代表プロフィール

お腹引き締め専門代表トレーナー 松本 久美

自身も出産時には体重16㎏増え、産後のお腹のたるみに悩む
出産後はピラティスを取り入れ、4カ月で妊娠前の体型に
運動指導歴15年の中で,最も多い悩みNO1 の「お腹痩せに特化」した指導を行う
ピラティス×筋肉トレーニングで独自のトレーニングを考案し実践
延べ1万人以上の指導実績で加齢で諦めていたお腹周りの脂肪が取れた!と医師も通う信頼と、海外からも相談を受けるなど国内問わず女性の人気となっている

自己紹介

4月15日生まれ 福岡県出身

2006年:オーストラリア留学
学生時代にオーストラリア研修で刺激を受け海外スポーツを学ぶために留学を決意

2007年:産婦人科勤務。院内にある運動指導室の立ち上げを行い、産前・産後の運動指導に係わる。

2011年:糖尿病、甲状腺専門クリニックに勤務。糖尿病をはじめ、高血圧、脂質異常症などの生活習慣病予防の為に運動療法士としてクリニックに勤務。医師と共に運動療法研究会に参加し、講演会も行う。

2017年:一人、ひとりの身体に合わせたトレーニング指導の重要性を感じパーソナルトレーナーとして活動。
11月よりパーソナルトレーナーとして活動を始める。

 

幼少期から活発でとにかく外で遊ぶことが大好きでした

とても長くなっていますが、私が今のお仕事に就きどんな思いでトレーナーをしているか知っていただけると嬉しいです。

 

私が産まれてまもなく体重が4㎏あったので母がおんぶひもをして立ちあがろうとした瞬間、重たすぎてひっくり返ったという笑い話もあります。

姉は真面目で聞き訳が良く、私から見たら優等生タイプ
私は勉強よりもとにかく遊ぶのが大好きだったので、姉と足して2で割ったらいいのにね。と母によく言われてました。

中学校時代は姉が陸上部に所属していたということもあり、水泳部と迷ったものの陸上部の短距離に入部

顧問の先生がとても熱血な方で、練習は走るだけではなく、ラグビーなども取り入れていました。
年末の走り納め100m×100本は忘れられません。
大事な大会でのバトンミスをして先生から怒られ、悔しい思いをしたのも今となっては良い思い出です。

私の座右の銘「信は力なり」は顧問の先生から教えていただいたものです。
この言葉と先生の熱く生徒に対する姿勢は今でもかけがえのない思い出です。

中学校でそこそこの成績を残して、高校では陸上顧問の先生から推薦いただき強豪校に入学しました。

高校時代は、練習もハードと言うこともあってケガが多く練習出来ない、大会に出られない悔しさを何度も経験しました。「トレーナー」という職業を意識したのもこの頃からで、進路に進む時はスポーツ関係の専門学校に行きたいと考えていました。

高校の先生も熱い方で、毎日厳しく指導していただきました。

走る事だけでなく、精神面でも鍛えられ、先を見て自分で考え行動する事を部活を通じて教えていただきました。
先生の口癖は「お前たちが母親になった時に・・」
そう言って、身だしなみや挨拶、目には見えない気配りなどを部活を通して私たちに伝えてくれてたように感じています。

思い出すのが、ケガをして1か月ぶりの練習の時に、走るのが怖かった私。
初めて先生が隣で一緒に走ってくれたことが今でも鮮明に覚えています。本当に心強かった。

私も先生のような不安を察知して、相手に安心感を与えられるような人でいたい。

そう思わせてくれた先生です。

はじめてのピラティスとの出会い

多くの専門学校の中で最初にピラティスが導入されたのが私が通っていた専門学校でした。

日本に入って来てから間もなかった為か当時はまだ名前も知られていませんでした。当時ピラティスは選択制で、
すべての授業が終わり、遅い時間からのスタート。

資格を取るか迷いましたが、将来指導者になった時に何か役に立つかもしれないという思いと母から背中を押されて受講を決意しました。

ピラティス講師は九州大学非常勤講師でもあり、解剖学を担当されていた、私の憧れの先生でした。
先生がどんな仕事をしているのか知りたくて、学生の頃,お願いして
付き人させてもらってました。笑


先生は現在62歳、もちろんピラティス指導を続けておられミセスインターナショナル日本グランプリ受賞されています。知識も豊富でなにより、人々の健康を心から願い活動される先生の姿は、今でも私の目標であり憧れです。

ピラティスって眠たいな

先生に怒られそうですが、一番最初に感じたことは「眠たい」でした。
全く身体の意識を持ってないまま、仰向けで(ピラティスの姿勢)先生の話を聞いていたせいかピラティスって良く分からない。眠たいな。と思っていました。

今思えば自分の身体の意識が出来ていなかった。ということだったと思います。
そんな出会いから私がピラティスを指導するまで5年ほど経ってからの事です。

Helloしか英語が話せず鍛えられたオーストラリア留学

専門学校の姉妹校にもなっていたオーストラリアの大学に2年生の時にスポーツプログラムなどの研修で渡豪しました。

大学の広さも、プログラムの規模も日本とは違い見るものすべて魅了され,もっと海外のスポーツや生活を近くで感じたい。
そう思い、専門学校卒業後は留学をしたい!と母に強くお願いしました。
大反対だった父も最後は納得してくれて、いつも多くを話さない父が一言「あっちに行ったら手紙を書きなさい」と言ってくれました。

大きな期待を胸に、初めての1人での海外生活がスタートしました。

オーストラリアでの経験は、今でも鮮明に覚えています。

楽しいと言うよりも英語上達の為にも、日本人とは話さない!と決めて行ったので、当時英語がほとんど話せなかった私にはとても大きなハードルでした。

ほとんどと言っても、「HELLO」と名前が言えたくらいだった気がします・・・

(渡豪してすぐに通った英会話学校)

アルバイトをするため、履歴書を英語で書き、「アルバイトの空きありますか?」という文章を書いた英語のメモを片手に、何十件も歩いて履歴書を渡しに行ったことも、とても鍛えられた経験です。

アルバイト先でもそうでしたが、英語で話すこと、全く文化の違う人たちとのコミュニケーションを学びました。

オーストラリアはたくさんの人種が多く集まってる国でもあったので、それぞれの国の特長も色々と見ることが出来ました。

(すしショップでのアルバイト)

普通に働いてるだけで、「日本人は真面目だね!」と言われ、私には当たり前の事も国が違うと捉え方も違い、
同じバイトの人たちは【働く】というよりもその場を楽しんでるように見えました。
(日本人から見たらさぼってる、おしゃべりしてると感じると思います。でも悪気もなく堂々としてました。笑)

働き方も全然違うな~と。

異文化でのアルバイトは、英語との戦いでもあり、本当に毎日気が抜けない日々でした。
ポケットにはメモ帳とボールペンを必ず入れていて、困ったときのフレーズや、分からない単語などはスグにメモして自宅に帰って調べてました。

このメモ帳は留学して一番大事なもので、ないと不安で不安でしかたなかったです。

でもそのお陰で日常会話は上達し、当初より友人とコミュニケーションが出来るようになりました。

留学してから、簡単な事でも伝えたいのに伝わらない悔しさが日々ありました。
日本に帰ったら日本語は伝わるから、伝えたいことはしっかり伝えよう!と強く思い続けていました。

この経験がなければ、言わなくても言いや。と伝える大切さを知らないままだったかもしれません。
想いは伝える。この経験が今の私をそうさせてくれたと思います。

楽しむことの素晴らしさ

留学して感じた事は、何でも楽しんで生活をしていること。
アルバイトの話しにしてもそうですが、あまり肩の力をいれず自然体でいる光景が多く見られました。

スポーツクラブやウォーキングなどの運動も日常にとても馴染んでいて、これを見ると、英語やらなきゃ!働かなきゃ!って思ってガチガチだった気持ちもホッと力が抜けました。ありのままの自分で良いんだ。と思えるきっかけでした。

(留学してすぐ21歳の誕生日を迎えました)

日本で、運動=きつい と思っている人達の意識を変えたい。
みんな健康でいたいのに続かないのは、やらなくてはいけない!と思いこんでいるからだと感じて
自然体のままで、楽しく続けることを日本に持ち帰りたい!と思いました。

帰国後、産婦人科に勤務、社会人へ

帰国して、私が最初に運動指導に携わることになったのが産婦人科でした。

産婦人科に併設された運動指導室があり、妊婦さんの体力測定・腹筋テストなど個別カウンセリングを担当していていました。その中でも妊娠中はデリケートになりやすい時期。
身体の相談はもちろんでしたが、気持ちの面でのご相談もよく受けていました。

この頃の指導は、楽しく運動出来ればOKと言った考えで、22歳の私は運動が好きで、教える事が大好きで困ってる人を見ると何とかして上げたい!その想いでお仕事させていただいてました。

その後、糖尿病専門の病院に勤務し、個別の運動カウンセリングとレッスンを担当
運動教室は立ち上げから参加させていただき、形になるまでは試行錯誤の日々でしたが、患者さんが「楽しい!」と笑顔で話しているのを見ると「何百回でもレッスンできるな!」と思っていつもパワーをいつもいただいてました。

レッスンはピラティスを含めた全7種目、全て私が担当し指導させていただいてました。

糖尿病の方はもちろんの事、体重を減らしたい、お腹周りを引き締めたいなどお悩みは様々でしたが、その中でも「お腹のお肉をどうにかしたい!」はNO1のお声でした。

たくさんの方から悩みを教えていただき、グループ指導をしていて今までの「動いて汗をかいて、楽しければOK」の運動に違和感を感じ始めていたのをよく覚えています。

1つはグループ指導はみんな一緒に動くので、ピラティスのレベルを分けてのメニューが作れないこと。

個々の正しい姿勢や筋肉の使い方のお伝えが、一人ひとりの身体を触り確認まで行き届きませんでした。
回数も週1回ではなく、月に2、3回だったので次来られた時には忘れている方が多く、なかなか次のステップに進めることも難しかったです。

2つ目は教室の前後に、「先生、腰が痛いんです」「痩せたいけど全く変わらない」といった多くの悩みをお聞きしていた事。8年かかさず教室に通って下さって方もお悩みを話されていました。

グループで行う運動は、目的として運動不足の解消、ストレス発散、気分転換などに当たり本来の一人ひとりの悩み解決には繋がらない。ということ。

お悩みをお聞きしても、アドバイスできる時間は5分あればいい方で、話したくても全員の悩み解決までの時間確保がそこにはありませんでした。

「先生・・」と声をかけて下さる方のお悩みを解決してあげたい!という気持ちが強くなっていました。

ピラティスを学ぶため単身ニューヨークへ

国際ライセンスのピラティスの資格を習得してから、5年が経ちました。

指導の回数を重ねてピラティスをやっていくうちに、
「お腹が引っ込んだ、腰痛が良くなった。」
「これなら無理なく出来そう。」といったお声もあり「他のクラスでもピラティスの基本が使える。身体の基本はピラティスだ。」と思うようになりました。

他のクラスでも、ピラティスで使っている呼吸や姿勢を良くする動きを準備体操に入れながらのメニューに変え、
ピラティスで身体が変わっていくことを実感し、もっと知りたい!ピラティスを勉強したい!と思うようになりました。

この頃、海外で爆発的人気のピラティスをみたい!
日本と海外での指導の違いやスタジオがどんなものか知りたい!
ピラティスは100年以上続く歴史がある運動で、より身近にピラティスのルーツを感じたい!

なぜこの運動が出来たのか、なぜ流行ったのか肌で感じたくて単身ニューヨークへ渡りました。

ニューヨークではピラティススタジオはとても多く、私が見学に行った3つのスタジオは、
日常的にピラティスをみなさん取り入れていて、とても生活に馴染んでいるように感じました。

何よりやっぱり、楽しんで運動してるなぁ。というのが印象的でした。

出産中にまさかの!

2014 年女の子を出産


(体重が増えて顔が真ん丸ですね・・入院中の写真)

妊娠中は体重がみるみる16㎏増え、後期はお皿を洗うだけでも息切れしていました。

分娩中はなかなか出産が進まず、原因を調べたところ、赤ちゃんがひっくり返ってます!(逆子ではなく)
赤ちゃんの顔がおへそ側に来ていたそうです・・

その為、陣痛はあるのに出産が進まずかなり時間がかかりました。
助産師さんから「体勢を変えましょう!」と名前を呼ばれても応えられずに、ベットから一ミリも動けない瞬間もありました。

(分娩中の唯一の写真)

長い陣痛との戦い、早く産みたくて、助産師さんに「もう帝王切開でもいいです・・」と弱音をはいていましたが、
出産したのが日曜日。「今、先生が居なくて、体力があるからまだ頑張りましょう!!」と言われて「えー!!そんなことある?!」と心で叫んだのを覚えています。

助産師さんの「もう少しですよ!」を信じていましたが、何回いきんでも出で来ない!
ようやく「頭が見えてきました!」と言われて、終わりだ~(涙)と思っていたら、
次は、肩が挟まってます!もう一回頑張りましょう!との声…

なかなか、終わりが見えない戦いでしたが、今になると頑張って良かったな。と思います。
自然分娩でと、最後まで私の気持ちを繋いでくれた助産師さんにも感謝です。

20時間かかり無事に3748gの大きな女の子を産みました。

育児や自分の生き方に悩んだ時期

自宅に帰り、初めての育児がスタート
幸い良く寝てくれる子で、数カ月は特に手がかかりませんでした。

気持ちにも余裕があったので、産後は16㎏増えた体重とたるんだお腹の引き締めに励みました。

お腹のたるみと体重を元に戻す為に、自宅でピラティスの呼吸法や姿勢などを意識し、体重も4ヶ月で元通りになりました。
それを続けていたせいか、寝不足の授乳時期から、子どもが歩き、嫌々期2歳児の時も、体力も問題なく元気に過ごせていたように思います。


子どもも少しずつ大きくなるにつれ、色んな事が起こります。

ベビーカーに乗せて、よしウォーキング!と気合十分で外に出ても、歩いて5分で泣きだし、ベビーカーは嫌がって乗らず、抱っこして何度家に帰ったことか分かりません。

4ヶ月目辺りからだったかな。とにかく人見知り、泣く子で、私から全く離れない時期に突入しました。

子どもって思い通りにはならないのが当たり前ですが、「ママからそんなに離れないのは普通じゃない!」と言われるようになりました。
他の子と比べるとたしかにそうでしたが、母親の育て方に問題があるのでは?と私の子どもに対する接し方など、よく指摘されるようになりました。

子育てが初めての私は「愛情を持って育ててるけど、私の何がいけないんだろう」何が正しいのかと悩みました。

仕事に復帰したタイミングでも「まだ仕事するのは早い」などいろんな意見がありました。
仕事が好き。周囲からの意見。じゃあ、いつのタイミングだったら良いのか。
とても迷う時でもありました。

周囲からの「母親なんだから!」こう在るべき。という言葉と、「こうでなければいけない。」と私自身の先入観
本当にこの時期は、母として妻として自分の気持ちを出せずにいて、正解探しを日々していたように思います。


今思うのは、「自分がどうしたいのか」
当時はこれを忘れて悩んでたように思います。

ママになったから出来ない。と否定的なことではなく
子どもがいるからと制限するのではなく

ママだから分かることもあり

子育てを楽しむために自分らしくいたい。

一言では言い表せませんが、色々経験しながら少しずつ母として考え、日々成長させてもらっています。

フタタ理事長との出会い

産後10ヶ月で現場に復帰
ありがたいことに、いくつか依頼を受けてお仕事させていただきました。

(二田哲博クリニック理事長と)

二田理事長とは最初に私が就職してからもう10年以上お仕事に関わらせていただいてます。
就職したころ、運動療法士は私1人で、前任の方とお会いせずに業務がスタートしました。
クリニックでの患者さんの多さ、他のスタッフのスピードに圧倒され最初は自分の居場所がなかったのをよく覚えています。
自分の目標や進んで行く方向が分かりませんでした。
正直悔しい思い出です。

恥ずかしながら、3か月程で辞めてしまいました。

でも理事長は「あなたは光る原石だから。頑張って」と言ってくれて
たった数カ月で辞める私にそんな言葉をかけていただいて、涙したのを覚えています。

何も出来なかったことが本当に悔しかったです。

「必ず運動指導士として力をつけて健康な方を増やす。笑顔になる人を増やすことで、恩返しをする」
そう自分自身に強く誓いました。

それを胸に退職後、フリートレーナーとなってがむしゃらに、勉強しました。

あの時に果たせなかった事を果たしたい。人の役に立ちたい。
そしてクリニックに再就職

今は、講演会を中心に関わらせていただいています。

理事長の人の気持ちを大切にする想いと、患者さん目線でいつも鋭い指摘を与えてくれたこと、今でも忘れません。
厳しさの中に愛情があって、今でも背中をみて学ばせていただいてます。

ここでの経験があったからこそ、独立して考え行動する力を身に付ける事が出来たと思います。

パーソナルトレーニングの想い

本格的にパーソナルトレーナーを始めたのもこの頃からでこれまでに色々な指導を経験しピラティスに行きつきました。

パーソナルトレーニングをすることで、お客様が目標を決め、進んで行く過程の中で自信を付けて欲しい。
そして、キレイにさらに笑顔になっていただきたい。

ママ達に子どもがいるからと自分の好きな事を諦めないで欲しいと思っています。

好きな洋服を着て
好きな靴を履いて
好きなご飯を食べて
好きな趣味に没頭する

そんな時間があってもいいですよね?

私自身、子どもを産んでたくさんの好きな事を諦めそうになった時もありました。

でもそれって本当の自分じゃない

たくさん悩んでそう思えたから、あなたの気持ちを一番に考えてもらえたら。と心から願っています。
そうすることで子育ても更に楽しめるんじゃないかな!

ママが楽しそうにしてると子どもも楽しい。
気持ちも繋がってると思います。

 

パーソナルトレーニングは、1つの方法であなたが輝く為の手段と思っています。
週に1度、60分自分と向き合う大切な時間

 

トレーニングにあなたの想いを乗せて理想の身体になることで、その先の未来も笑顔になっていくお手伝いをしていきたいと思っています。

その他の活動

講演会・執筆・監修・取材等

運動療法スタートブック 監修・出演 全国8万部突破 NO1発行部数 小野製薬株式会社
全国糖尿病専門誌 さかえ 「腎機能を保つ生活習慣」2月号執筆
運動療法スタートブック監修 小野製薬株式会社
福岡大学筑紫病院 サルコペニア・フレイル講演会
ステイホームでも出来る運動療法 web講演会
サルコペニア・フレイル予防のための運動療法の実践
糖尿病の運動療法を考える会 出演 小野製薬株式会社
コミュニティラジオ出演
糖尿病専医らと運動療法研究会世話人
運動療法の実践 講演会 MSD株式会社

松本久美のちょっとした情報

◆福岡県出身
◆性格 やると決めたらやらずにはいられない。
真面目、熱い(女版、松岡修造と言われたこともあります。笑)涙もろい

◆好きな物 海外旅行・海・映画鑑賞
◆苦手な物 虫(特にカメムシ!!)虫が家に入ってきたときは瓶を逆さにして捕獲。触れないので娘にとってもらいます・・
◆好きな言葉 信は力なり・行動すれば次の現実

資格

  • 健康運動指導士
  • FTPベイシックマットピラティス